2016/04/30

2016年4月29日

そういうの、共依存って言うんだよ、とよりちゃんが教えてくれた。私は、100均に売っているレンジ調理器を使って作った(「作った」と書くことに違和感を覚えるほど手のかからない)塩ラーメンを食べていた。具なし。いつからかネグレクトに関するいろいろを追いかけている。でもその日は恋愛の話をしていた。よりちゃんが履いていたギャルソンのパンツが可愛くて、いいね、と2回くらい言った気がする。このブログは日記ではないので、大真面目にその日起こったことを記しているわけではない。でもその日起こったことをまったく書かないわけでもない。本当のこともあるし、嘘も書く。読み物としての面白さとか、リズムとか、最近はそういうのもやってみたくなってきて、だから「中間アヤカ」として書くことが正しいのかはわからないけど、いまは他にこのようなページを作るのも面倒なのでここに垂れ流している。見てくれている人が増えてきたので、このような言い訳をしてみようと思った。よりちゃんの話に戻そう。よりちゃんは占いが好きで、占うことはできないけど占われることについて詳しい。でも対面で占い師に見てもらったことは今まで2回しかないらしい。よりちゃんは私がブログを書いていることを知らないし、そこに自分の名前が出ていることも知らない(たぶん)。これからもそのことについて話す予定はないが、知られたら知られたで別に構わないしよりちゃんもそんな感じだと思う。そもそもよりちゃんというのは偽名である。私たちはたまに一緒の時間を過ごす。私はだいたいなにかを食べていることが多く、気が向いたらひとくち分けてあげる。よりちゃんは、くれるの?とか、ありがと、とか言わずに自然と口を開ける。ただ、ラーメンはいらないと言って断られた。教えることをためらうような素振りも見せず、淡々と説明を続けるその姿をなんだか悲しい気持ちで眺めていた。「愛されるのが趣味なんでしょ」と言ったよりちゃんは、続けて間髪入れず「愛されていると感じるような行為を受け入れるのが趣味なんでしょ」と言った。一字一句正しくは憶えていないが、そのようなことを言っていた。この辺りからメモを取るのを忘れておしゃべりしていたから。あの時なんて言ってたっけ、と聞いたところで答えは返ってこない。ギャルソンの可愛いパンツはともかく、そもそもよりちゃんはこの世に存在していない。

2016/04/28

2016年4月27日

結局はそういうことなのだ。人と人とのあれこれに麻痺しているのだろう。思えば物心ついたときから、自分以外の他者への興味が極端に少ない方であった。神戸のアパートを借りるのに月々いくら払っているか、3階に住む大家さんが弾くピアノの曲目や、彼女に飼われている馬鹿なポメラニアンの話なんかを事細かにしている最中、そういえば自分は相手について苗字と職業(例えばOL、といったおおざっぱな振り分け)くらいしか知らないなんてザラにある。こちらが聞かずとも喋ってくる人はいるが、そもそも聞いていないので覚えておらず、それによって記憶障害かと疑われるほどに「思い出」なんかも持ち合わせていない。ハタチを過ぎていくらかましになってきたとは思う。『キャバ嬢が教える会話術』みたいなタイトルの本を手に取ったこともあった。天気について話すというような、会話のスタートを切ったり繋げたりという行為において便利な内容を口にすることが出来なかったのだ。意味がわからなくて。ただごくたまに、それまでの人生どんな時間を送ってきたのかを知りたいと自然と思う人に出会うことがある。直近ではSさんがそれに該当する。質問をすることが苦手な私は、やはり質問ができないので、質問という方法を使わずにどこまでSさんのこれまでを知ることができるか試している最中である。

2016/04/20

2016年4月20日

次の出演作品のクリエイションのため、6月末まで東京に部屋を借りている。別の作品も掛け持ちで稽古しているので、神戸にもたびたび帰る。いまは神戸。身体が、のびのびとしているのがわかる。神戸のアパートはとても狭いけれどとても素敵で、日の光がさぁっと差して、ピアノの音が聞こえる。猫もいる。馬鹿な犬もいる。テレビはない。クローゼットもない。こたつはあるけどもうしまった。今日は朝ティッシュ配りのアルバイトに行って、帰りに元町の水曜市で生のわかめとサンフルーツを買った。これから稽古。この間の地震で、別府もかなり揺れたらしい。家の中はめちゃくちゃになったけど、家族みんな無事だった。母親が、部屋を片付けている途中にこんなものを見つけたと写真を送ってきた。いつ頃書いたものかさえ思い出せない。「こんどおどりみてね!」なんて、こんなにも無邪気に言えていた日があったのか。私はいつも、ダンスのために家にいない。命があってよかったよ、なんてセリフを、生まれて初めて言葉に出した。



2016/04/06

2016年4月1日

あぁ、死ぬかも、と思った。これまで全く危機感を覚えないほどにぬくぬくと生きてきたわけでもないが、そんな風に思ったのは初めてのことだった。横に、ゆらぁっと揺れて、目の前がぐるぐる回っていた。貧血を起こして倒れる間際のあの感じがしばらく続いて、あれおかしいな倒れないぞと思ったのとほぼ同時くらいに「地震だ」と気がついた。オフィスビルの8階、誰の携帯も鳴らないし、なんのアナウンスもないとても静かな時間だった。大きく、ゆっくり、たっぷりと揺れた。気持ちが悪かった。「あの時の揺れ方に似てた」と社員さんが言って、誰も返事をしなかった。フロアにいたアルバイトは私だけだったのでなにか反応しなければと思ったが、「あの時の揺れ方」を知らない私は結局黙っていた。体感ではこれまで経験してきた中で一番大きい揺れであったが、あとから調べるとビルの建っている場所は震度1しかなかった。