2016/09/13
2016年9月12日
気づけば1ヶ月以上、ブログを書いていませんでした。それでも不思議なことに毎日見てくれている人がいるようで驚きです。おひさしぶりです。8月の始めにトヨタの振付賞を終えて、contact Gonzoというチームのヨーロッパツアーに合流。ハンブルグ、レイキャビク、フランクフルト、ベルリンとここまでやって来ました。あとパリ、ミュンヘン行って終わりです。いっぱいステージに立てて幸せです。と同時に舞台に立つことの尊さや儚さみたいなものをこぼしてしまってはいないかと、最近ふいに不安な気持ちになります。ダンスに、いやダンスを取り巻いているよくわからないもろもろにすっかり失望した私は、いっそ死んでもいいやと飛行機に乗りました。死んでもいいというのは言い過ぎました。要はあんなものがもてはやされるこんな世界でダンスを続ける意味がまったくわからなくなってしまったのです。とはいえどこの国に飛んだとしても、有名無名に関わらず好きなものは好きだし嫌いなものは嫌いで変わらない。ただ今のところ、このツアーに参加したことでどうにか私とダンスはまだ繋がっていられるようです。首の皮1枚といったところか、あぶないところで助けられました。「作品の力」とは一体どのようなことか、ロングラン繰り返しの日々で考えます。作品は振付家のものであったとしても、そこで行われるダンスは、ダンサーのものであるべきだと私は思います。ギリギリ裏切ることができる余白のある振付に、騙したり整えたりということに余裕のある身体が置かれること。あーここまで書いて最初から読み直してみたけど、ブログの書き方を忘れてしまったのか、なんか調子が出なくてつまらない。まじめすぎる。そんなことない?ダンスの話はもういいや。
2016/07/26
2016年7月25日
お向かいの、2軒ほど先の小さなアパート(だったと記憶している)が壊されてゆく姿を毎日見ている。かつて家の壁であったものが灰色の石となり、砂ぼこりを立ててごろごろと落ちて、うず高い瓦礫になる。今はもう、建物の最後の壁だけが残っている感じ。これから新しく小綺麗ななにかをつくりあげるよりは、この中途半端なよくわからない塊のままで残しておけば良いのにと思うがそうもいかないのであろう。高知から戻ってきてひと月、奴隷のように働いた私は来週また東京へ。5日ほど滞在して都会の皆さまへ踊りを披露したのち、ヨーロッパへ飛びます。10月の半分くらいまでです。帰ってくる頃にはもう夏も終わっているのですね。そうして秋が来て冬が来て、また新しい年がやってくる!いつまでこうしているつもりなのですか。
2016/06/19
2016年6月18日
来いよ、と言われて泣きながら朝一番の新幹線に飛び乗ったあの日のことを、これから私は一生後悔するのだろうか。もっと歌がうまければ、もっとせりふが喋れたら、私はあの人の少女になれたのだろうか。こうやって一生、悔やみながら舞台に立つのだろうか。中間さんありがとう、と言われて、このクソジジイ、と心の中でつぶやいた。いつか絶対に、と思っていた。私が憧れる人たちは、みんなずるい。ずるいです。さようなら。
2016/06/17
2016年6月16日
美香さんとこでは、転ぶと褒められた。転んでしまうくらい、ギリギリも超えたところで踊っていた。あの夏から1年が経とうとしている。最近の私はどうも知恵をつけすぎたようでつまらない。もうしばらく、ダンスを産んでいない。
2016/06/02
2016年6月1日
ひと月くらい前、友人の舞台を観に行った。「自分」を殺さずに舞台に立っている姿ばかりに目がいって、作品としてはよく分からなかったし好みではなかった。だけど、なぜだかその姿がとてつもなく羨ましかったし、愛おしかった。こんな風に人を見ることができるのだ、とそれは初めての体験だったように思う。20歳の時にはじめて賞をもらった。「誰でもない誰かとして存在していたところがよかった」というようなことを審査員のひとりに言われた。たくさん褒めてもらったけど、他になにを言われたかあまり覚えてない。あぁ、私のダンスに、ようやく気づいてくれた人がいた。ただそう思って、嬉しさをかみしめた。その日からはもう、私が私として舞台に立つことは一切なくなった。嘘をついているわけじゃなくて、でも本当のことを全部見せてあげるつもりもなくて、私は誰のためでも誰かとしてでもなく、その作品やダンスの生まれようとするその場所にとても自然に、振付られる存在として立とうとしている。どちらがいいとか悪いとかの話ではなくて、でもその褒めてもらったときの踊りというのは、先日観た友人が振り付けた作品に出ていたときのものだったので、やっぱり踊りはおもしろいナァ、と思ったのです。
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