2016/07/26
2016年7月25日
お向かいの、2軒ほど先の小さなアパート(だったと記憶している)が壊されてゆく姿を毎日見ている。かつて家の壁であったものが灰色の石となり、砂ぼこりを立ててごろごろと落ちて、うず高い瓦礫になる。今はもう、建物の最後の壁だけが残っている感じ。これから新しく小綺麗ななにかをつくりあげるよりは、この中途半端なよくわからない塊のままで残しておけば良いのにと思うがそうもいかないのであろう。高知から戻ってきてひと月、奴隷のように働いた私は来週また東京へ。5日ほど滞在して都会の皆さまへ踊りを披露したのち、ヨーロッパへ飛びます。10月の半分くらいまでです。帰ってくる頃にはもう夏も終わっているのですね。そうして秋が来て冬が来て、また新しい年がやってくる!いつまでこうしているつもりなのですか。
2016/06/19
2016年6月18日
来いよ、と言われて泣きながら朝一番の新幹線に飛び乗ったあの日のことを、これから私は一生後悔するのだろうか。もっと歌がうまければ、もっとせりふが喋れたら、私はあの人の少女になれたのだろうか。こうやって一生、悔やみながら舞台に立つのだろうか。中間さんありがとう、と言われて、このクソジジイ、と心の中でつぶやいた。いつか絶対に、と思っていた。私が憧れる人たちは、みんなずるい。ずるいです。さようなら。
2016/06/17
2016年6月16日
美香さんとこでは、転ぶと褒められた。転んでしまうくらい、ギリギリも超えたところで踊っていた。あの夏から1年が経とうとしている。最近の私はどうも知恵をつけすぎたようでつまらない。もうしばらく、ダンスを産んでいない。
2016/06/02
2016年6月1日
ひと月くらい前、友人の舞台を観に行った。「自分」を殺さずに舞台に立っている姿ばかりに目がいって、作品としてはよく分からなかったし好みではなかった。だけど、なぜだかその姿がとてつもなく羨ましかったし、愛おしかった。こんな風に人を見ることができるのだ、とそれは初めての体験だったように思う。20歳の時にはじめて賞をもらった。「誰でもない誰かとして存在していたところがよかった」というようなことを審査員のひとりに言われた。たくさん褒めてもらったけど、他になにを言われたかあまり覚えてない。あぁ、私のダンスに、ようやく気づいてくれた人がいた。ただそう思って、嬉しさをかみしめた。その日からはもう、私が私として舞台に立つことは一切なくなった。嘘をついているわけじゃなくて、でも本当のことを全部見せてあげるつもりもなくて、私は誰のためでも誰かとしてでもなく、その作品やダンスの生まれようとするその場所にとても自然に、振付られる存在として立とうとしている。どちらがいいとか悪いとかの話ではなくて、でもその褒めてもらったときの踊りというのは、先日観た友人が振り付けた作品に出ていたときのものだったので、やっぱり踊りはおもしろいナァ、と思ったのです。
2016/05/13
2016年5月10日
健やかでない。いま、部屋の壁に穴を開けられている。私が座っている左側、白くて薄い壁の向こう側からガリガリ、ドンドンとやられている。もうしばらくすればドリルの先が見えてくるはず。通気口を作るらしい。部屋に窓がなく黴っぽいので、よかった。とにかくここにいると気が滅入るので、行動だけでも健やかでいようとしてみる。掃除。調理器具を全く持ってきていないので、キッチンに置いてある誰かのフライパンをこっそり使う。共有のものなのかもしれないが、聞いてみて違ったらもう使えなくなってしまうので黙っている。急いで料理。きれいに洗って、拭きあげたら元の場所へ。これはおそらく共有の、小さなやかんでお湯を沸かす。熱々のコーヒーを入れて、水筒に注ぐ。
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