2019/10/31

シカゴ日記 - 2日目

マジで寒い。こっちに来る前調べた情報では気温10度とちょっとくらいだったはずなのに、5度しかない。断言できるけど、私はシカゴ滞在中確実に風邪を引くでしょう。マギーさんが毛布を2枚追加で持ってきてくれた。ありがとうございます!




バスに乗ってLinks Hallに向かう。降車を知らせるボタンがどこにもなくて周りの乗客を伺っていたら、窓際についている紐を引っ張っていた。なるほど。ルールのわからない場所に飛び込んだとき、その場にいる他人の振る舞いから学んで同じように真似してやってみる、という行為はダンスの稽古場で起こるそれとよく似ているなと思う。途中で一度乗り換えをしなくちゃいけなくて、降りてからバス停を探している間にバスを逃してしまった。




待てど暮らせどバスが来ないので暇すぎて自撮りをする。




なんとかリンクスまでたどり着いた。新しくリンクスのトップになるステファニーさんも今日は事務所にいたのでご挨拶。明るくシャキシャキした感じの人。昨日ポールさんと一緒にセルフィーを撮ったのだけど気に入らなかったらしく、新しく撮り直そうと言われ撮る。事務所の壁にダンスボックスの手ぬぐいを発見!





スタジオAにてリハーサル。といっても今回作品を準備して持ってきたわけではないので、今の段階ではスタジオに入っても特にリハーサルできることがない。長時間のフライトと時差ボケで疲れの溜まった身体をうだうだと動かす。Bridge Dance Festivalからは15分くらいのピースの上演をお願いされているけれど、『フリーウェイ・ダンス』(2019年3月初演・4時間)をやるつもりでいる。フリーウェイ・ダンスは4時間じゃなくても、セットや小道具がなくても、チームのみんながいなくても、どんな条件でも出来る。というのを試すための実験の場として、与えられた15分間を使ってみようと考えています。まずはフリーウェイで踊るために必要な振り付け(記憶)を集めなくては。
スタッフのキーシャちゃんが空調やスピーカーの準備などいろいろ様子を見に来てくれたので少し話す。彼女はHIPHOPやポッピンをメインに踊るダンサー。笑顔が可愛い。絶対私より若いと思うけど、とてもしっかりしている。




17時にリンクスを出る。昨日来たときに橋があるのを見つけて気になっていたので、周辺を散策。もう少し川のそばまで行ってみたかったけれど寒すぎて断念した。少し歩いているとTarget(大きいスーパー)があったのでここで厚手のタイツと手袋を調達することに。昔アメリカ人家族のVlogをYouTubeで見るのにハマっていた時期があり、Targetで買い物する姿をよく見ていたのでどこか感慨深かった。アメリカに来たんだなあ。

2018年10月29日

2019/10/30

シカゴ日記 - 1日目

朝7:30の飛行機で関空から成田へ。国際線に乗り換え、JALの直航便でシカゴへ。機内でワンスアポンアタイムインハリウッドという映画を見る。最初っから最後までブラピがずっとセクシーで、彼が画面にいる間はセクシーじゃない瞬間ってのが一瞬たりとも訪れないのでもうずっと胸をザワザワさせながら見ていた。色気だだ漏れで、自分が漏らした色気につかりながら歩いていたブラピ・・・。すごいや。飛行機乗る前に空港の吉野家で食事をしたのだけど、機内食でも吉野家の牛丼が出た。生卵味と書かれた黄色いプルっとしたソースがついてきて、私はこういう形状のものは怖いので(たとえばジュレのドレッシングとか)なるべく口に入れたくないのだけどかけてみたらまあまあ美味しかったです。



シカゴ着。入国審査で別室に連れて行かれトラウマになりそうな時間を過ごす。またひとつ(いらない)経験値が上がった。オフィサーとのインタビューを待つ部屋に漂う、人々の不安と絶望による空気感ったら。黒人のお姉さんは携帯を取り上げられた後、ずっと小さな声で歌をうたっていた。知らない言葉の知らない曲だった。その後なんとか無事に入国できました。今日はトランプ大統領がシカゴに降臨しているらしい。交通機関がすべてバカになるとか。

シカゴ滞在中に参加するBridge Dance Festivalのキュレーター、リカさんが空港まで迎えに来てくれていた。私がなかなか出てこないのでとても心配をかけた模様。ごめんなさい。リカさんの車に乗せていただき、これから3週間お世話になるおうちへ向かう。私とリカさんは日本語で話す。いつからシカゴにお住まいなんですか?と聞くと生まれた時から、と。ご両親がシカゴで出会い、リカさんは2世になるらしい。だから日本語がちょっとおかしくって、と笑うリカさんは明るい日本語を話す。
今回私がここへ来たのは、神戸DANCE BOXとシカゴLinks Hallの交換レジデンス事業の一環。Links Hallのディレクターのポールさんと合流。やさしそうなおじさん。私がお世話になるのは劇場関係者のマギーさんというおばあちゃまのおうち。ポールさんはマギーさんのことを「リンクスの裏ボス」と紹介してくれて、なるほど、と思う。マギーさんは元ダンサー。とっても素敵なおうちで、地下の部屋を丸ごと使わせていただけることに。リビングと、広いキッチン、バスルーム、奥に寝室。
部屋の説明を聞いて荷物を置いたあと、リカさんとポールさんと一緒に近くのメキシカンレストランで昼食。七面鳥のハンバーガーがあって、珍しいなと思って頼んでみた。


シカゴのこと、リンクスのこと、ざっくりだけどいろんな話をした。シカゴの南部と北部はお互い敵対視しているとか。Links Hallは40周年を迎えたらしい。前任のディレクターが去ったばかりでスタッフも総入れ替えになり現場はとてもバタバタしているとのこと。新しいスタッフ達はみんな若いダンサー。ポールさんはもともと大学で働いていて、今は一時的にディレクターを務めている。でもリンクスとの出会いは19歳の頃だとか。私も、ダンスボックスに出会ったの19歳です。って言えばよかったなって今このブログを書きながらふと思った。リンクスは白人の出入りする劇場というイメージが今でもある、とポールさんは言っていた。そしてそれを変えたいと。リンクスの40年の歴史の中で白人以外で初めてディレクターになったというポールさんはメキシコにルーツを持つ。死者の日にメイクをした写真を見せてくれたので、映画『リメンバー・ミー』の話をする。原題は『Coco』。レストランのスタッフのお姉さんがめちゃ気配り上手で、でも媚びてなくて、なんかすごく良い雰囲気だった。黒いマニキュアを爪に塗っていて、それをポールさんが褒めていた。


昼食のあと、いよいよLinks Hallへ。可愛い劇場!主にダンスを行うスタジオと、音楽のためのスタジオが共存する。小さいけれど素敵なバーもある。ジェンダーニュートラルのトイレを新築しようと考え中とのこと。スタッフのギャルズたちもイケてる。ダンスボックスもそうだけど、やっぱ踊る人たちが劇場動かしてるの良いなあ、と思う。公演がない日は基本17時で全員退館。滞在中のスケジュールについてミーティングしたあと、ポールさんが家まで送ってくれた。一緒に近所を散歩して電車やバスの乗り方を習う。近くにめちゃめちゃ良い雰囲気のボウリングが場があってこれは・・・素晴らしい・・・と一瞬思ったけれど、そもそもボウリング好きじゃないので一人ではちょっと入りづらいかな。ポールさんが落ち葉を見て、この季節が一番好きだ、ビューティフル、と言っていた。

2019年10月28日

2018/04/20

2018年4月20日

紙の手帳を持ち歩かなくなってしばらく経った。今のところ不便は感じない。荷物はできるだけ少なく居たい身体なのでかえって都合が良い。ラッパーのミュージックビデオにコインランドリーが出てきがちなのは何故だろう?コインランドリーという場所に流れる特別さはとても良く理解できて、Instagramを始めた頃から各国のコインランドリーをなんとなく追いかけ始めてしばらく経つ。それはつまり私の思う「良さ」とラッパーたちのそれに共通点があると言ってしまってもよいものか、それとも何か他の理由があるのだろうか。2年前に発表した作品がある。そのクリエイション期間中は広報用にドキュメントを書いていたのだが、ふと思い立って久しぶりに読み返してみた。「作品であることより先にダンスでありたい」と書いてあった。あの頃から言いたいことはずっと変わっていない。しばらくダンスから隠れ逃げ回っていたけれど、そろそろ観念しろとばかりにまた連れ戻され、ここ最近はダンスのことばかり考えさせられています。クリエイションメンバーとは公演後も不定期に集まっていて、ダンスの話をしながらご飯を食べるだけだけど、その度にあぁやっぱり私って見る目があるわと夜道を満足気に帰る。なんてすごいことなんだろう。次に進みますね。力を貸してください。

2018/04/07

2018年4月7日

肩書きみたいなところに(ダンサー)と書かれることにはもうだいぶ慣れていて、というのも一応それに為るために訓練をして金も時間も費やしてきたし自分のやっている活動みたいなこととか身体の扱い方みたいなこととかによってそう呼ばれることには意識的に、そう呼ばれるべきだと誇りを持ってやってきた。でもそこからちょっとはみ出たことをしようとするとその行為はもうダンサーであるままには都合がちょっとつかないらしく、最近はこの私が(俳優)などと名前のそばに置かれている大変な事態です。あなたたちを括るときにやっぱり適当な名前が必要で、だから別にダンサーじゃなくたってダンサーと呼ばれても俳優じゃなくたって俳優と呼ばれてもいいんだろうけどどうしてかむず痒い。ちゃんとダンサーって呼んでよね、プン、てことでは一切なくて、なんかほんと、俳優じゃないのにすいません本当とやけに弱気なのである。人はみなダンサーだ、みたいなのあるじゃないですか。あれってまぁ分かるんですけど、人はみな俳優だ、みたいなのはあるんでしょうか考え方として?それで、最近立った舞台のことを考えてみたんですよね。自分は誰(何)としてあの舞台に立っていたのだろうかと。それで、ダンサーじゃないってなって、俳優でもないってなって、じゃあ自分かというとそうでもなくて。よく分からなくて、名前が付けられなかった。ダンサーであることにこだわりを持って生きてきた私にとってこの感覚は結構新しくて、面白いなと思っています。早朝路上に立って人にものを配る労働をしているのですが、仕事が終わって家でご飯を食べると一気に眠気がやってくる。身体的にも精神的にも耐えることには強い方だけれど、これだけはもう、本当に我慢ができない。それでお昼にベッドに入るとだいたい不思議な夢をみて、日付が変わる数時間前に目が覚める。そこから元気がやってくるので洗濯したり、本を読んだり、メールを返したりする。朝に施してから一体何時間経過したかもわからない化粧をやっと落として、久しぶりにブログを書いてみました。現在4:50。

2017/10/01

2017年10月2日

物心がついてはじめて好きになった芸能人は、たしか安室奈美恵だったと記憶している。夏祭りの射的で、ピンク色のフレームに入った小さな安室ちゃんの写真を父親に取ってもらった。ずっと大事に持っていたはずだけど、小さな安室ちゃんはいつの間にか手元から消えていた。未完成なその人が育つ姿を応援したいというよりはプロ意識を感じさせる圧巻のパフォーマンスに常に驚かされたい性分なので、そういう意味では安室奈美恵は当時から別格であったと思う。そこにいない人について語ること。やっぱりまだ割り切れない自分がいて、だからと言ってじゃあ割り切れる日なんてくるのかと言われれば来ないような気がするしむしろ一生来んなとも思う。先月丸亀に志賀理江子さんという人の展示を見に行って写真ももちろん素晴らしかったのだが、そこに書かれていたある言葉に、答えではないけれどもある種の拠り所みたいなものにできるかもしれないと、そんな希望を見た気がした。飽きたら終わればよい、ただそれだけのことなのだ。あ、今日からしばらく横浜です。